サオルジォの戦い 04 作戦計画の変更とピエモンテ軍の策動 Battle of Saorgio 04


サオルジオの戦い

勢力 戦力 損害
フランス共和国 約20,000人 約1,500人
サルディーニャ王国
オーストリア
約8,000人 約2,800人
※この数字には、セルヴォニの部隊、ムーレット師団、アルジャントー旅団、オネリア守備隊は含まれていない。あくまでサオルジォ近郊で戦った部隊の数字である。

新たな計画New plan

 マッカード師団・マッセナ師団が雪で進軍を阻まれたことにより、サオルジォ攻略は雪融けを待たなければならなかった。

 4月も中旬になり、雪も徐々に融け始めてきていた。

 雪融けを待つ間、オルメア方面にいるピエモンテ軍を排除し、雪融け後にもう一度サオルジォ攻略作戦を行うことになった。

作戦図①

作戦図②

第一段階・・・セルヴォニ旅団に ロアノ ~ オネリア の防衛を一任。ムーレット・マッセナ師団は、途中、フランソワ旅団(予備)の一部と合流し、オネリアで追い払ったピエモンテ軍を追ってオルメア方面に攻め上り、控えているであろうピエモンテ軍左翼を打ち破る。トリオラに残したフランソワ旅団の残りは マルタ ~ サッカレロ周辺の防衛を行う。

第二段階・・・オルメア周辺に防衛のためにムーレット師団を残し、マッセナが主力を率いて マルタ ~ サッカレロ間のピエモンテ防衛線と対峙。マッカード師団がサオルジォ東で戦闘を開始する。セルヴォニ旅団はロアノ・オネリアに最低限の守備隊を残しピエーヴェに後詰として進軍。

第三段階・・・マッセナ師団が マルタ ~ サッカレロ間のピエモンテ防衛線を突破し、ラ・ブリガを攻略、サオルジォの後背を突く。


 セルヴォニ旅団が抵抗されることなくロアノを占領できたこと、オネリアから撤退したピエモンテ軍が海岸沿いからロアノ方面に撤退するのではなく、オルメア方面に撤退していったこと、その他偵察した結果からオルメア方面にピエモンテ軍がいると判断したのだと思われる。

※対ピエモンテ軍右翼については、ガルニエ中将率いるフランス革命軍左翼が防衛線を構築して対峙している。作戦図はフランス革命軍中央および右翼のみ記載。



ピエモンテ軍の動向

 フランス革命軍の最初の攻撃で、フランス革命軍が マルタ ~ サッカレロ間(ピエモンテ軍中央)を攻撃しようとしていることを察知したピエモンテ軍司令官コッリ中将はラ・ブリガに急行し、ピエモンテ軍中央を増強した。

 コッリは深い霧の中、アルデンテ山から静かに5個大隊を出撃させた。

 マルタ周辺の山を占領しているフランス革命軍は霧の中からピエモンテ軍が急に現れたので驚き、奇襲に対応できずに退却した。

 ピエモンテ軍は2つの山を占領し前線を押し上げた。

 ピエモンテ軍左翼を担当しているアルジャントーは、オネリア、ロアノから撤退してきた兵や避難民から情報を集めていた。アルジャントーの視点だと、フランス革命軍が、ロアノ方面からオルメア周辺地域に進軍し、ガレッシオの後背を突かれて連絡線を寸断される可能性。オネリアからオルメア方面に進軍し正面に現れる可能性。オネリアからピエモンテ軍中央を攻撃する可能性。その他様々な可能性があり、それに対応するためピエモンテ軍左翼を指揮しているアルジャントー少将麾下約6,000人の軍はオルメア周辺と、アルプス山脈の出入り口を封鎖した。

 しかし、6,000人で脅威にさらされているであろう地域すべてを防衛するには広すぎだった。そのためアルジャント―は兵力を分散せざるを得なかった。

 アルジャントーは自分の身に危険が迫っていることをひしひしと感じ取っていた。

※赤〇は脅威にさらされているであろう地域。様々な可能性を考えてアルジャント―はこの地域に兵力を分散して配置した。

 これらの行動は、マッセナ師団がモンタルトに後退した後 ~ フランス革命軍がオルメア方面に出発する前までに行われた。