リヴォリ戦役 20:リヴォリの戦い<2日目>における両軍の事前計画
Battle of Rivoli 20

リヴォリの戦い、ラ・ファヴォリータの戦い

勢力 戦力 損害
フランス共和国 リヴォリの戦い:19,000人~22,000人
ラ・ファヴォリータの戦い:セリュリエ師団約6,000人+オージュロー師団とマッセナ師団の一部
リヴォリの戦い:死傷者と捕虜の合計約3,200人、大砲2門
ラ・ファヴォリータの戦い:不明
オーストリア リヴォリの戦い:約28,000人
ラ・ファヴォリータの戦い:プロベラ師団約7,000人、マントヴァ要塞駐屯軍約10,000人
リヴォリの戦い:死傷者と捕虜の合計約12,000人
ラ・ファヴォリータの戦い:死傷者不明、捕虜約6,000人、大砲22門

リヴォリの戦い<2日目>におけるオーストリア軍の事前計画

 サン・マルコ礼拝堂を失っていたアルヴィンチは14日夜の間にオクスカイ旅団をロイス旅団から2個大隊、4個騎兵中隊を分割して補強した。

 恐らくこの補強はオクスカイ旅団の損害が大きかったこと、そしてロイス旅団で遊兵が多かったことによりオクスカイ旅団に兵力を移動させたのだと考えられる。

 翌朝にサン・マルコ礼拝堂とサン・ジョバンニ村を攻撃し、これら2つの地点を占領した直後にリヴォリ盆地に向かい、アディジェ渓谷側ではロイス旅団がリヴォリ平原への道を切り開くことを企図していた。

 この計画の目的の1つには、プロベラ師団に対抗するためにマントヴァ方向へ出発したマッセナ師団やヴィクトール予備旅団の行進を防ぐことが含まれていた。

◎リヴォリの戦い<2日目>におけるオーストリア軍の事前計画

Battle of Rivoli(1797)<Day 2>:Austrian Plan

 コボロス将軍は翌15日未明にバルド山を出発し、サン・マルコ礼拝堂に向かって降下する。

 オクスカイ将軍はサン・ミケーレとサン・ジョバンニを通り、円形の丘の上に位置するフランス軍右翼攻撃する。

 リプタイ旅団はオクスカイ旅団と高さを合わせて前進し、目の前のフランス軍を攻撃する。

 オーストリア主力軍第2列~第4列は雪深いバルド山を行軍していたため食料や弾薬の供給を受けられず、物資が不足していた。

 そのためロイス将軍は第2列~第4列に供給するための食糧と弾薬を持ってアディジェ渓谷からオステリアを経由してリヴォリに向かい、リヴォリでコボロス旅団と合流することを命じられた。

 もしこの作戦が失敗した場合、コボロスとオクスカイはアディジェ渓谷方面に向かい、リプタイはマドンナ・デッラ・コロナとベッルーノの峡谷を経由して後退する。

 ロイスはすぐにアディジェ渓谷を通りキッツォーラとブレントーニコを経由するルートで2個大隊を送り、サン・ヴァレンティーノの塹壕を占領する。

 この作戦には連絡を取り合うこともできない第1列も攻撃に参加すると計画されていたが、この時点ですでに第1列は消散していた。

 第1列は散り散りとなりその多くが捕虜となっていたものの、フランス軍はマントヴァとヴェローナに軍を分割したためオーストリア主力軍は依然として数的優位な立場にいた。

 しかしその内情は惨憺たるものだった。

 第2列~第4列の兵士達は寒さと飢えによって疲弊し弾薬も尽きかけており、各列の指揮官達は勝利目前での敗北によって意気消沈していた。

 そのためアルヴィンチは戦わずに退却することさえ考えている各列の指揮官を説得するのに時間を要した。

 アルヴィンチは15日にフランス軍と戦うことを強いたが、兵士達に活力も熱意も無く士気は大きく落ち込んでいた。

 そのような状況であってもこの作戦の失敗は、プロベラ師団及びマントヴァ要塞の両方を失うことになることが予想されたため、アルヴィンチとしては何としても本作戦を成功させなければならなかった。

リヴォリの戦い<2日目>におけるフランス軍の事前計画

 総司令官に後を任されたジュベール将軍は、命令に従って師団に数時間の休息を与えた後、タッソ川を越える準備を整えた。

 そして15日夜明け前にオーストリア主力軍を攻撃するために師団を4つに分割した。

◎リヴォリの戦い<2日目>におけるフランス軍の事前計画

Battle of Rivoli(1797)<Day 2>:French Plan

 1つ目はヴィアル将軍が率い、マニョーネ山(Monte Magnone)の稜線に沿ってサン・マルコ礼拝堂の右側を進み、オーストリア主力軍中央の左側面を包囲する。

 2つ目はバラグアイ・ディリエール(Barraguay d'Hillier)将軍が率い、第33、第58の2個半旅団でサン・マルティーノを攻撃する。

 3つ目はヴォー将軍が率い、第29軽、第85の2個半旅団とともにアルティッシモ山(Monte Altissimo)の斜面に沿って進み、オーストリア軍の右翼に攻撃する。

 ヴォー旅団の目的はコロナへの後退を防ぐことである。

 4つ目は第22軽半旅団の2個大隊と第58半旅団の1個大隊によって構成されている旅団で、アルティッシモ山のさらに西側を進みオーストリア軍の退路を遮断するためにフェラーラへ向かう。

 オーストリアの第2~第4列は、コロナの険しい山を越える特に困難な小道を通らなければならなかったため、フランス軍にとって4つ目の縦隊をこの隘路(フェラーラ周辺)に早期に投入することが重要だった。